センスメーキングとOD⑪~センスメーキングと組織変革5. 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-294~
6つの視点から組織のセンスメーキングを理解する最終回は、。「5.伝統:先人のボキャブラリー」「6.物語:連結と経験のボキャブラリー」です。
私たちも歴史があり一定のパターンを持った特色ある組織や集団の行為を見て、「あれは伝統だよね」という言い方をします。例えば、高校野球の甲子園大会敗退校が「甲子園の土」を持って帰るのも「甲子園高校野球の伝統行為」と認識しています。センスメーキング in オーガニゼーションズの本文では、伝統とは過去に創造されたか行われたか信じられたもの、あるいは過去に存在したか行われたか信じられたていたもの、そしてある世代から次の世代へと伝えられ受け継がれつつあるものを意味している(Shils,1981,pp12-13より)としています。ちょっと小難しいですが、要するに何世代かにわたって行われている行為です。ただ、センスメーキング in オーガニゼーションズでは、このような伝統の中で「何が変化し、何が置き換えられているのか」を見ていくことが大事であるといいます。特に注視すべきは「行為」であるとしています。本文では、行為はそれがなされた瞬間に存在しなくなるとしています。行為は、それらのイメージまたは行いが積極的に再現される(イナクトされる)ように求めたり促したりする確信だけが、伝達可能であるといいます。行為がイメージとして残存する例として、本文ではジャズ演奏の例が取り上げられています。毎夜演奏される同じスタンダードナンバーも、誰かのちょっとした工夫で変化して、そしてそれはいつの間にか最初とは似ても似つかぬものになってしまい、ついにはあまりに多くのバージョンがあるため、出だしだけを決めなくてはならなくなってしまったのです。伝統の妙味は、具体的な人間の行為、すなわち実践に埋め込まれているノウハウは、それがシンボルになるときのみ持続し伝達されるところにあります。型を守るためには、型を破らなければならない、そして再構成するのです。「伝える」ということは複雑な行為なのです。そこには、ノウハウのイメージ、レシピ(調理法、指示書、配合を示した資料)、スクリプト(原稿、台本)、経験則およびヒューリスティック(直観的判断)などが入り混じっています。賢人はそこから大切なことを読み取り自分のものにしていくのです。それは経験の長いだけの人が語りえないものを教えてくれる緩やかな徒弟制度を意味します。
なるほど、こうしてみると「甲子園の土を持って帰る」というのは、本文が言うところの伝統ではないようです。思い浮かぶのは、日本の刀鍛冶の伝統の技といったものです。日本刀をつくるというのは、時代を越えて受け継がれたものであり、刀鍛冶だけがいても成り立ちません。日本刀は刃だけでなく、はばきや鞘、研ぎなど多くの職人の仕事を結集してはじめて完成する総合芸術品で、どれが欠けても存続できません。また、当たり前ですが、買ってくれる人が居て、つくる人も存続できます。そこには「伝統」と共にシステムが成り立っているのです。因みに、このシステムの脅威が「安い中国製の日本刀といわない形だけの日本刀」だそうです。行いの伝統という「行為」に焦点を当てるということは、「行為を導くパターン、求められる目標、目標を達成するための適切かつ有効な手段に関する概念、加えて行為から生まれ維持される構造」を捉えているイメージと確信です。これらは、センスメーキングにとっては内容という資源であり、伝統という行為によって利用可能になります。先人の行為に対する未熟なイメージは、未熟な行為につながります。私たちは、行為の伝統をセンスメーキングという文脈の中でとらえていく必要はないかもしれませんが、確かに行為の伝統は物語であり、多くの人たちが関係するシステムです。行為そのものは行われるそばから消え去りますが、行為の物語は人々に語られていきます。組織として何らかの行為を重要なものと認識し、それを組織独特の特徴としていくのであれば、何が語られ、何は語られないのかを慎重にみていく必要があるということかもしれません。
最後は、物語:連鎖と経験のボキャブラリーです。物語という概念は、組織論の中でも近年特に注目を集めています。こうしたことがなぜ組織理論家にとって重要なのかといえば、それは「ほとんどの組織モデル(組織とは何か)は論証に基づいている」が、しかし「組織のリアリティのほとんどは物語に基づいている」からです。みなさんが「うちの組織はね」といって組織を語るときのことを思い出しましょう。組織モデルにもとづいて組織を語る人はほとんどいません。昔はこうだったが今はこうだとか、こんなことが起きているので将来はやばい、とか自分が理解している内容を物語るのが大半です。
- 組織モデルは、例えばマッキンゼーの7Sモデル、ナドラー/タッシュマンのコングルエンスモデルなどが有名
センスメーキングにとって物語が重要なのは「帰納的に一般化していく人間の性向ゆえに、注目に値する経験が、その人の行動指針にとっての経験的基盤になる。したがって、驚くような経験を語るという行為は、予期せざるものを予期しえるもの、つまり管理可能なものに変える手段の一つである(Robinson,1981)」からです。Robinsonのこのような概念は、組織変革においてストーリーテリング手法として活用されています。これには最近の脳神経研究の貢献があります。
人の話を聞いているとき、脳の領野で主に動くのは、他人の言語を理解する「ウェルニッケ野」と言語処理や音声言語に関わる「ブローカ野」の2つです。しかし、それがストーリーになると、人の認知に影響を与える前頭葉や頭頂葉を含む脳の高次の領野が活性化します。聞き手が、話し手の体験を脳の中で再構築し、ミラーリングの作用が起こり、話し手と聞き手の脳波が同調します。これを脳波同調と言います。調査によると、話し手の脳波と聞き手の脳波が似ていれば似ているほど、コミュニケーションがうまくいくそうです。つまり話への理解が深まり、より記憶に残るのです。神経経済学者のポール・ザックの研究によると、人間は、苦悩を感じるストーリーを聞くと、人の意識を重要なものに向けさせるホルモンである「コルチゾール」を分泌し、人とのつながりを感じるようなストーリーでは、思いやりや共感に関連する物質 「 オキシトシン」を分泌します。ある実験で、被験者に「余命短い脳腫瘍患者の幼い子供とその父の切ないストーリー」の映像を見せたところ、コルチゾールとオキシトシンの分泌が見られました。さらにその映像を見せたあと、被験者に見知らぬ人への寄付をお願いしたところ、オキシトシンとコルチゾールの分泌量が多い被験者のほうが、寄付をする割合が高いという結果になりました。ストーリーによって分泌される物質が人の言動に大きく影響を与えるのです。
典型的な物語の要素には「主人公、難題、その難題を解決しようとする試み、そうした試みの結果、そしてそれに対する主人公の反応」が含まれます。これはヒーローズ・ジャーニーですね。ヒーローズ・ジャーニーは、アメリカの神話学者であるジョゼフ・キャンベル氏が提唱したものです。彼は、古今東西の神話に登場する数々のヒーローの物語を研究し、そこにある共通の基本構造があることを発見し、定義しました。この定義に沿って作られた映画として最も有名なのがスター・ウォーズです。活き活きとした物語は、センスメーキングにどうしても入り込んでくる根強いボキャブラリーです。物語は、ある人に別の物語を思い起こさせます。このような物語の作用は、それを効果的に使えば確かに組織変革の有効なツールとなりえるのです。
ここまで、センスメーキングの実質として6つのボキャブラリーとは何かを見てきました。現実にはこれら6つは単体で理解できるものというよりは、結合あるいは関連してして理解できるものです。そしてこれらはODの実践においてもとても重要であり、うまく管理して使えば組織変革のツールとなりえるということです。
参考文献:センスメーキング in オーガニゼーションズ
この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株)波多江嘉之です。