センスメーキングとOD④~センスメーキング7つの要素 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-287~
センスメーキングシリーズの1回目ですでに紹介していますが、ワイクが言うところのセンスメーキングには、7つの要素が含まれます。再度7つの要素を確認しましょう。センスメーキングとは、
1. アイデンティティの構築に基づいた(identity)
2. 振り返り/回顧的であり(retrospect)
3. 意味がある環境を創り出す(enactment)
4. 社会的な(social contact)
5. 進行中の事象であり(ongoing events)
6. 抽出された手掛かり(情報の部分的認知)が焦点となる(cues)
7. 正確性よりももっともらしさ主導の(plausibility)。
プロセスである、となります。この7つがセンスメーキングの生まれてくる特性といいます。今回のODメディアではこの7つについて詳しく見ていきましょう。
アイデンティティ(identity)の構築に基づいたプロセスであるというのは、センスメーキングはアイデンティティ感覚を持ちたいと願う個々人の欲求がスタートになるということです。これは、私は何者であるかという自己概念に対する尊厳と一貫性を維持できるような状況を求めるということでもあります。逆に言えば、私たちは何者であるのかという問いかけが、自分たちと環境との相互作用に対して新しい意味を見出し、そこから何らかの行動が始まるということになります。アイデンティ以下の7つの要素について、獺祭ブランドで有名な旭酒造の例を見てみましょう。
現在の旭酒造は、1984年に34歳で家業を継いだ三代目の桜井博志氏から始まります。桜井氏の社長就任時は会社の業績は最悪であり、当時作っていた酒は品質にこだわった物ではなく魅力に欠けていました。そこで桜井氏は一念発起し、まず品質の向上に取り組み純米大吟醸酒の製造に特化するという方針を打ち出したのです。旭酒造は現在でも、普通酒を作らないというリスクの高い経営方針を採用しています。日本酒の大部分は普通酒といわれるののであり、そうでない酒は特定名称酒といわれます。特定名称酒は、原料や精米歩合により、本醸造酒、純米酒、吟醸酒に分類されます。特定名称酒とは、精米歩合が高いお酒であり、一般的にはちょっとお高めの酒です。要するに、旭酒造は特定名称酒に特化した酒蔵なわけです。三代目の桜井氏は「酔うため 売るための酒ではなく 味わう酒を求めて」とのポリシーの下で、それまで醸造していた普通酒「旭富士」の醸造を止めています。それは、元々酒処ではなかった山口県内の小規模な酒蔵であった家業を躍進させるために必然の意思決定と行動だったのですね。同時に、酒作りは杜氏という専門職が担うという常識を覆し社員による製造を始め、職人の勘や経験に頼るのではなく社員が正確なデータに基づいて作り、品質管理することでより品質を追求できると考えそれを実行します。その後大市場である東京に注目し積極的に売り込んだことで、次第に人気が高まり、世界20国に輸出する日本を代表する酒として成長していきます。現在では、売上高も日本4位になっているそうです。 このような歴史は旭酒造が山口県内の小規模な酒蔵ではなく、経営も順調であったなら多分辿っていない歴史でしょう。組織変革という視点で見ると、あまり情報はありませんが、従来のやり方になじんでいたベテランの社員や杜氏からは抵抗されたのではないかと推測できます。それをどのようにまとめていったのかという桜井氏のリーダーシップという視点から旭酒造の40年の歴史を考察することも興味を惹かれるところです。センスメーキングの視点では、桜井氏と人々および日本酒業界とマーケットという大きな環境に向き合うことであり、その向き合っているプロセスからどのような対話がなされたのかがとても重要になります。ここでは対話データ(記録)はありませんが、要するに桜井氏個人のみのセンスメーキングではなく、関係する人たちとの社会的プロセス/相互作用がそこにはあったはずです。
事実、特定名称酒に特化するという方針も最初からそうであったわけではなく、経営をなんとか立て直すべく紙パック入りの酒やカップ酒を売り出すなどの努力をする中で、精米歩合50%の純米酒(純米大吟醸)の反応が良かったことから「獺祭」と名付けた純米大吟醸の醸造に徐々に力を注ぐことになるのです。さらに、季節変動の大きい酒蔵の経営安定化を目指し、1987年に事業拡張として飲食店経営と地ビール事業に乗り出すのですが、逆にこれが失敗して多額の負債を抱えることになり、元々桜井氏との間で酒造りの考え方に相違のあった杜氏が他の蔵に移るという事態に陥ります。そこでやむなく杜氏抜きで社員のみで酒造りを始めることになったのですが、以前より杜氏の手伝いをしていた際に得たノウハウやデータがあり、これを元に杜氏抜きの「マニュアル化した酒造り」に特化することで、これまで以上に「酔うため 売るための酒ではなく 味わう酒を求めて」とのポリシーを追求することが出来るようになり、「獺祭」のヒットにつなげたことで経営を大きく改善させることになります。さらには四季醸造や海外進出など、地方の酒蔵の領域にとどまらない斬新な企画を次々と繰り出して話題を呼ぶこととなり、現在の旭酒造になっていくのです。このプロセスをみていると、やむにやまれず桜井氏個人から発出したアイデアが、紆余曲折しながらも組織の人々にも共有され、アイデンティティ(酔うため 売るための酒ではなく 味わう酒を求めて)があったおかげで歴史的に大きな川の流れになり旭酒造の新しい戦略行動がより明確になり、さらに旭酒造のアイデンティティを確固たるものにしていったというのがよくわかります。そしてこの物語は四代目に引き継がれ現在も続いている進行中のプロセスなのです。
旭酒造の物語を似てみると、センスメーキングのプロセスが良く理解できると思えますし、また、センスメーキングとは発見ではなく発明であるという意味も分かります。筆者的には、7つの要素の中でもアイデンティティとイナクトメントはセンスメーキングにおいて決定的に重要な要素であると考えられます。旭酒造の物語をセンスメーキングの視点で眺めると、組織変革の新しい切り口が見えてきます。
参考文献:センスメーキング inオーガニゼーションズ
この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株)波多江嘉之です。