人々の相互作用と意思決定②~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【112】~

前回からの続き》 サラム=フレデリクスは、会話によって意思決定がどのようになされていくかを6つの観点から解き明かしています。
①様々な形式の知識に言及できること
②穏和な言葉を用い相互作用の道徳的規範を遵守すること
③巧妙な質問を投げかけ答えを求めること
④適切な感情表現をすること
⑤メタファーを利用すること
⑥歴史を機能させる(過去を思い出させる)こと
A氏は、以上の6つを巧妙に使い分け、この会社の弱みとされたITに関する能力不足を関係者に認めさせ、ITへの投資拡大とこれまでの担当者の排除という結果を実現させています。
とはいえ、サラム=フレデリクスはこの会社の事例観察から簡単に規範的な結論を導くことはしていません。彼女は以下のように言っています。
「日々の活動からどのように戦略が生み出されていくかに関する知識を深めていくためには、いろいろな人々(研究者のみならず、経営者やマネジャーという戦略を立案し実行する人を含む)と会話を行うことが究極の課題となる。調査対象の会社における会話もその一端であり、これだけで戦略意思決定やマネジメント能力に関する単純な処方箋があるとは言えない。
とはいえ、メタファーを用いると互いにとっての状況を明らかにすることができるということは、メタファーが人と人との関係を近づける梃子となるということだ。人と人との関係は、この調査(論文)が示すように、複雑で壊れやすく、そしてダイナミックなものであり、実は、このことは実践者たちには余りにもよく知られた事なのである(「実践としての戦略,P229」から一部修正して抜粋)」
組織開発の視点から言えば、「人と人との関係は、複雑で壊れやすく、そしてダイナミックなものである」というサラム=フレデリクスの指摘は肝に銘じておかなくてはならないでしょう。
組織開発という介入は、特定の組織に対して何らかの安定状態を創り出すのではなく、常に変化していく過程の中で、組織活動という人々の相互作用の実践をより良くしていくための、弛まぬ努力であるからです。
別の言い方をすれば、組織開発は現状の問題を解決して何か一定の状態を再構成するだけではないということです。
では、サラム=フレデリクスの調査による具体的な会話を見ていきましょう。対象企業は、製造業でフランスの会社です。同社は新しい生産施設の建設に取り掛かっているところであり、この機会に5か年の経営戦略の策定にあたっています。
会話1.
- A氏:もう一度、単純製造業務担当者(A氏自らへりくだった表現)から
- 発言させていただいて
- MD[マネジング・ディレクター]:(会話に割り込む)ああ、いいとも
- A氏:よろしいでしょうか。で、(少しの間)
- 難しいお話しはちょっと横へ置いておきまして
- 製造業務に絞りたいと思います..え~と(少しの間)
- なぜ、もう一人(少しの間)
- 分析担当者が必要なのでしょうか。
- 理由は2つあると思います。
- ひとつは、さきほどBさんから指摘のあった
- 我々の政策に関することです。(少しの間)
- 我々の政策では、マネジャーやユーザー側部局が
- 専門性を持ち、システム開発にあたることに
- なっています。これはマネジャーやユーザー側自らが
- 何が必要かを明らかにすべきだと考えているからで、
- 何を要求するかを自ら明示的に述べることが
- できるようにしておくためだと思います
- B氏 (直ぐに)う~む、そうだね。
- A氏 そうすると、なんでまた、もう一人の分析担当者が
- 必要なんでしょうか(少しの間) 以下省略
どうでしょうか。会話観察というのは上記のようなことなんですね。インタビューに基づく意思決定プロセスの類推とは全く異なるものですね。
サラム=フレデリクスもこのようなやり方は、接近可能性ということに課題があり中々に困難であるということを認めています。彼女自身は時間をかけて交渉し実現させていますが、誰でも何処でもできることではないでしょう。
でも、実務をやっている人たちから見れば、現実はこの会話のようなことがしょっちゅう起こっていることは百も承知ですね。そして、その過程の中で自分の意に添わないことが起きたとしても、それはその後、自分の中で合理化させているのです。
サラム=フレデリクスは、先に見た会話に関する6つの観点は、話し手が持つ資産(知識や経験)を適切に表現する能力および相互作用の中で適切な時期に適切な言語技術を使いこなす能力であると言います。そして、これは暗黙知ですね。(続く)
※この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株) 波多江嘉之です