戦略は遂行されてなんぼのもんです

恩田 勲のソモサン:第八回目

最近はマインド面に関する話ばかりでしたので、今回は少し実務に寄った話をしてみたいと思います。
戦略と云う言葉はビジネス界において頻繁に耳にするコトバですが、使っている人によってその意味合いは多岐に渡っています。しかし多くの人は概ね頭の中で構築する計画レベルの世界で戦略を認知しています。
先般もある経営者が、効果が出てこない戦略に対して部下に「ちゃんと作っているのか」と檄を飛ばしているシーンを目にしました。しかし経営者と云う立場から見ると、その姿勢はあまりに無知であると云えます。一般として戦略には「意識してやらなければいけないこと、および、意識しないとやらないことを実行させるためにある”指導要領”である」という概念も含まれています。
つまり戦略とは計画を実行させるためのガイドラインであり、人々を動かすための施策が織り込まれて初めて体を為す存在であると云えます。事実この20年、戦略策定と云う行為がどこの組織でも取り入れられ、加えてMBA人材が増えるに従って、戦略も策定的な側面から見るとその存在は殆どコモディティ化している状況です。そういった状況下で「効果が出てこない」という問題は、策定された戦略の中身の問題と云うよりも、むしろ組織に戦略を実行しようとする気概や能力がなく、せっかく作った戦略が「絵に描いた餅になってしまっている」というところにあります。

さて、ではせっかく策定した戦略が現場で実行されないというのは具体的にどういった背景があるのでしょうか。人はそんなにネガティブな存在なのでしょうか。もともと日本人はまじめな国民なので、自分の目の前の仕事ではベストを尽くそうとする習性を持っています。それを高度な分業体制として促進している組織的な特性があります。その為、「今よりももっと良い仕事をしたい」という生真面目な意思が「一所懸命」という狭量的な思考を生み出します。
一所懸命とは文字通り「一つの場所(鎌倉時代においては自領地のこと)を守ることに命を懸ける」と云う意味です。実はこの真面目さが生んだ視野の狭さが戦略実行の弊害になっているのです。ひねくれているのではなく、マイナス思考でもなく、寧ろ前向きな真面目さが障害になっているのです。
戦略の多くは従来の延長上の考えや動きではありません。未知な動きもあればこれまでとは正反対に映る動きもあります。そしてそれらの動きは従来の業務の負担の上に更に圧し掛かってきます。従来の業務や動きを削減しての取り組みならば良いのですが、今の実績を保ちながら次への活動を行う時、従来の業務や動きを弱めるわけにもいきません。責任は最終的には現場が被ることになるのです。こういった二重負担のストレスは大きいものです。
「皆忙しくてそれどころじゃない」「何でそんなことをやらなくてはいけないんだ」など、当然抵抗は当たり前に起こります。しかし目の前の対応だけの行動では、日々走り込みをするのと同じで組織的には筋肉質でマッチョな身体になりますが、頭の方は鍛えられない状態に陥り、その内どんどん疲労の方が蓄積し、組織は活力を失っていくことになります。そうなってからは後の祭りです。

私も長年「今更何を云っているのか」と云いたい業界に携わっていましたが、この機に及んでも戦略遂行の問題で前進できず、次々と沈没状態に陥っている状態を見ていると憐憫の情を感じざるを得ません。日本の企業は古老的になればなるほど現場力は強いが企業力は弱いというのが特徴です。学歴社会と云われ、知的水準が高いと評される国の実態なのに何とも腑に落ちない限りです。
とはいっても嘆いてばかりいても埒が明きません。戦略は策定以上に遂行の方が重要でかつ難しい取り組みであり、特に日本人の意識や組織のミドル・アップ・ダウンの構造はそれを阻む風潮を強めるということを、経営者を筆頭とする推進者はしっかりと理解する必要があります。
そして概念論ではなく具体的な施策を打ち出さなければなりません。遂行方法の一つとしては、職務権限を行使して「実際に動いてみせて、強制もする」というやり方があります。これは決してネガティブな考えで行うわけではありません。ともかく小さな成功体験を体感させて(これをクイックウィンという)理屈よりも腑に落とさせるというアプローチです。「四の五の言わずに先ずはやってみろ」です。
確かに物事には納得してから動くものもあるが、動きながら納得するものもあります。但し、このやり方は推進者側に対して確かな信頼がなければ成功に至るまで気が持続しないリスクがあります。いずれにせよ一定の条件がない限りは反作用が起こり得る確率が高いので容易に取る手としてはお薦めできません。最も効果的なのは、実行者にしっかりと理解してもらって自発的に動いてもらうことです。しかし「言うは易く行いは難たし」で、この理解して貰うというのがかなりのハードルになります。

巷では「頭での理解だけではなく、心の中での納得した態度形成が重要である。そして本当に難しいのは納得の側面である」と云われています。しかし心理学的にはこの考えは正しくありません。実際問題としては「実はきちんと理解されていないから態度形成が出来ない」ということの方が多いのです。例えば、

①どういう状況に置かれているか
②このままだとどうなるか
③何処を目指そうとするのか
④何をしようとするのか施策や活動
⑤何故それをやるのか

といったことを現場できちんと説明しているケースは殆ど稀です。
また策定側と現場の実行者を繋ぐ管理者が、降りてきた戦略や方向性を元にした具体的な戦術の検討を曖昧にして抽象的な行動を支持していたり、計画書があってもその文面自体も抽象的な表現で交付されたりしていることが殆どです。戦略方針に対して現場の具体的行動をどうするかという検討を積み重ねて、それを一つの現場戦術に収斂させるのでなく、現場長が経験的感覚的に戦術を導き出している。その為に根拠が曖昧になっている。またその戦術をシミュレーションもしていない。従って途中で障害が発生しても間違いを遡及できずに説明も出来ない。こういったことが多くの現場で蔓延しています。そもそも、

①現場の管理者、現場長が上位の戦略を信じていない。
②個人の業績評価と連動していない。
③現場の管理者のアドバイスや支援が足りない。
④現場の管理者の指示や行動が戦略と一致していない。
⑤過去の施策の見直しがないままに新しい施策が加わる。
⑥メンバーが上位の戦術を信じていない。
⑦戦術に基づく個人目標が達成困難なレベルである。
⑧個人の能力不足がある。またそれを補う措置がない。
⑨部門内の協力がない。
⑩職場内の関係が欠如している。
⑪不可欠である関係する他部署の協力がない。
⑫遂行するための資源が不足している。
⑬不可欠である関係する他社との調整が為されていない。

といった組織の経営管理上の前提条件が不備な組織も上場企業ですら一杯存在しています。そうして管理者は出来ていると思っていても現場は出来ていないと思っていたり、現場は出来ていると思っていても管理者は物足りなく思っていたりといった状況に陥っているのです。現場の管理者においても、

①マネジャーの足腰が弱い。気が立たない。
②周りの組織を巻き込まず、自分の部門だけで何とかしようとする。
③ちょっと話せば済むことなのに話しに行こうとしない。
④日頃接しない相手に対して消極的な動きを取る。
⑤不安や立場へのこだわりで積極的にコミュニケーション行動が起こせない。

と云ったことが挙げられます。加えて、人は誰しも経験則や学習によって形成される情報を類型化して認識しようとするメカニズムである「メンタルモデル」を持っており、さらに論理だけでなく「好き、嫌い」という感情的な判断を引き起こす無意識的な心の働きである「スキーマ」といった心の作用を持っています。
これらの心の作用は、伝達コストを下げて理解を促進する反面、先入観による間違えを引き起こしたり、嫌いな者には意識が閉じてしまったり、聞いているのに頭に残らないといったマイナス面を生み出します。これらが作用すると、一度でも現場が間違えて戦術を理解してしまうとその後はなかなか正しい理解を得ることは出来ないと云う事態に陥ったり、好き嫌いが作動して生理的に動きが止まったり緩慢になったりしてしまいます。
それを打破して戦略や戦術を浸透させ遂行させるには、「自分は本当に戦略を正しく理解しているだろうか」ということを現場自らに考えさせたり、「自己決定を促しそれによって理解の質を上げる」といった経営管理的な演出をしたりすることが必須になってきます。また日々のプロセスを可視化して自己反省が出来る状況にすることも重要です。

いずれにしても戦略を実現化させるには、より心理学的、集団力学的な科学を駆使して、遂行に対して理に適ったアプローチをしていくことが鍵となります。しかし私が実践で見る限り、遂行に対する科学に無知な経営者や担当者の存在が実のところ本当の障害になっていると思わざるを得ないのですが。

さて皆さんは「ソモサン?」