モメンタムをマネジメントする。グリッドと燃焼モメンタムの違いについて ~ソモサン第302回 ~
グリッドと燃焼モメンタムは何が違うのか。今から10年ほど前にペンシルバニア大
のポジティブ心理学分野でグリッドという考えが発表され、一大ブームのような話題
になりました。その筆頭研究者であるダックワース氏はそれによって現在は同大学の
教授に任じられています。グリッドとは「やり抜く力」という意味で、諦めずにこと
を成し遂げる原動力を云います。アメリカでは自らやる気を持ってことを始める人は
結構多く、実際日本などと比べると事業をスタートアップさせる人には事欠きませ
ん。これは欧米の文化が騎馬民族的に「個性的であれ」とか「フロンティアスピリッ
ト(開拓精神)」といった意識を幼少期から擦り込まれることと深い関係があると思
われますが、一方で非常にストレスによって力尽きて心を病んでしまい、カウンセリ
ングを受ける人が多くいたり、挫折する人が多いという反面も抱えているという裏返
し的な社会的現実があることも否めていません。何れにしてもアメリカでは想像以上
に何かを始めたのは良いけれども、それを「やり切れない」人が多いようで、ダック
ワース教授はその原因と対策を研究して、それをグリッドという考えで発表されたわ
けです。
この考えは日本でも一時期ビジネス界で話題に上りましたが、日本らしいまたゾロ
的ブームで早々に下火になってしまいました。この理由として、私的には「日本は基
底的な文化が農耕的な集団重視の文化であり、輪の中で調和することが最優先」と躾
けられるため、そもそもそのために必要となる「我慢」や「根気」が美徳とされるの
で、素養としてグリッド的な力を備える人が多く、多くの方々は「何を今更」的に受
け止めた、と見ています。しかし昨今は若い人中心に躾自体が弱くなり、根気や我慢
が出来ない人が増えてきていますので、グリッドの考えは看過できない状況になって
きていると思うところです。
さてグリッドとは上記の如く「やり抜く力」です。そしてその内容は「能力」では
なく「意識の持ち方」にあると、知能や能力第一主義に偏っている欧米の価値概念に
警鐘を鳴らしています。そこでその前振りを持って今回のテーマである「燃焼モメン
タム」に話を繋げていくことに致しましょう。
燃焼モメンタムも軸足になるのは「意識の持ち方」になります。それによって燃焼
モメンタムをグリッドと同じ考えと混濁させる方が一部にいらっしゃるようです。そ
ういった方々は、そもそもモメンタムという考えの大前提を見落としていらっしゃる
ようです。モメンタムは起爆力です。持続力ではありません。まして恒常的な力では
尚更ありません。むしろ瞬発力に近い考えです。ご紹介させて頂いている着火モメン
タムなどは「感情を奮い起こす」存在としてその働きは顕著です。では燃焼モメンタ
ムとは何なのでしょうか。
ちょうど先週共著者の川野ドクターと焚き火をしにキャンプに行ったのですが、折
しも雨模様でなかなか火が付いてくれません。そこで使ったのがおが屑に油を染み込
ませた「着火剤」でした。まず着火剤を点火源として、それを使って燃えやすい木炭
の欠片を着火させます。一般にこれを火種と云います。そして着火したその欠片を、
今度は長持ちしそうな薪に熾火(おきび)させて火起こしさせます。そうして薪が燃
え始めたら焚火の完成です。
実はこの流れにモメンタムの本質が全て含まれています。着火モメンタムとは何ら
かの点火源を使って気持ちに火を灯す行為です。ここで云う点火源とは音楽であった
り、運動であったり、声掛けであったりと様々ですが、いわゆるきっかけのことで
す。それによって気持ちと云う火種を作るのが着火モメンタムです。そして点いた火
を今度は持続的な可燃物である思いに火を繋いで安定化させなければなりません。一
般にはこれを熾火と云います。熾火状態にするには薪という思いに空気(主に酸素)
を送り込まなければなりません。この空気に値するのが目標であったり、意味づけで
あったり、報酬になります。そうした思いのエネルギーを送り込んで火を燃え立たせ
るのが燃焼モメンタムです。
つまり燃焼モメンタムは焚火においては熾火の状態を作り出す行為と云えます。焚
火は着火だけではすぐに消えてしまいます。必ず着火した火を持続的な状態にすべく
熾火しなくてはなりません。それが燃焼モメンタムの役割です。燃焼モメンタムは焚
火を簡単に消えないような状態に導く働きなわけです。一方グリッドは「火を絶やさ
ない行為」と云えます。消さない努力です。どちらもエネルギー源(焚火の場合は空
気)は同じところから発せられますから当然似通った部分があるのは当然のことで
す。目標意識や意味づけへの思いと云ったものです。しかしグリッドはあくまでも消
さないアプローチですから着眼点や焦点はかなり理性としての意識に寄った考えにな
ります。一方燃焼モメンタムはあくまでも火起こしの一端ですから、同じ意識でも意
図的な感情といった思いと気持ちの間を橋渡しするような部分へのアプローチになり
ます。例えばグリッドで云う目標意識は「ビジョン」や「夢」といった遠大な世界を
重視しますが、燃焼モメンタムでは小さくても「今できること」「今やりたいこと」
といった欲求レベルで、あくまでも気持ちを喚起させる、盛り立てるレベルでの思い
になります。そうモメンタムはあくまでも起爆的な領域を焦点にしています。
日本人は先にもご紹介したように、幼少期から「和を持って貴し」とか「周りに合
わせて動け」と躾けます。これは集団活動では利点があるのでしょうが、時に「出る
杭は打つ」環境を生み出したり、「行き過ぎた忖度」のような余計な気遣いをも生み
出します。それによって独自性や自発性の阻害になっているのも確かな事実です。そ
の為に日本人は我慢強いが初動が利かない。詰まるところグリッドの懸念する特徴は
クリアだが、モメンタムが弱いという特徴が顕著なのです。文化と云う環境が大きく
異なる中で同じツールやモデルで問題解決を行うのは無理が生じます。
グリッドと燃焼モメンタムの違いと狙いどころ。皆さんも玩味して頂けますと幸い
です。
ではモメンタムに対する具体的なマネジメント介入に関しての話の続きです。前回
は「笑い」についてお話をさせて頂きましたので、今回も「笑い」から始めましょ
う。 入り口で好意を持たれるとその場はポジティブに進みます。笑いは人の心に前
向きな活気と行為を生み出しますから、笑いを取れる人が人間関係にとってスーパー
ウェポンであることは確かです(でも当然時と場合はありますよ)。欧米でも、まず
は人と話す時に笑いが取れるようなセンスを磨けと教え込まれます。ここで云う笑い
とは、ユーモア(笑い取り)としてのジョークやギャグ、ウィット、エスプリ、を云
います。それぞれ「いわゆる冗談」「モノマネとかツッコミのような滑稽な印象を与
えるちょっとした言葉やしぐさ」「機知の富んだ笑い話や例え」「その機知をまぶし
た批評や皮肉、風刺」ですが、それを話の振りや途中に短く言葉や小話、或いは態度
や振る舞いで表現して、相手の心にちょっとしたズレや間を作って心を盛り上げた
り、安定させるアプローチを云います。特に場や気持ちが緊張的な時やネガティブな
空気の時に有効になります。人は最初の接触時には自分へ攻撃的な危害が加えれるか
否かが図れないので誰しも緊張状態になります。そういった期初に笑いで気持ちを緩
和させることは非常に重要で、またそれが出来る人には敬意を持ち、信頼と云う心の
扉を開こうという姿勢になります。ですからマネジメントの世界にとって笑いを演出
できるか否かは大きな能力であり、その人が本当に有能か否かの判断材料にもなって
きます。
少し長くなってきました。続きは次回に廻しましょう。次回も何卒よろしくお願い
申し上げます。
さて皆さんは「ソモサン」?